「特別なことをしなくていい」飾らない日常の経験を

こどもを継続的に自宅で預かることは難しくても、週末など限られた時間で関わりたいと家族で迎え入れるその姿からは、児童養護施設で暮らすこどもたちとの新しい関わり方が見えてきます。中島さん夫妻のお話は、「自分にもできるかもしれない」と感じさせてくれる力がありました。
身近にあった里親という存在
ーなぜ里親になろうと思ったのですか?
もともと、私たちにとって里親という存在はとても身近なものでした。ここ三栖という土地は、他の地域に比べて里親文化が深く根付いているんです。私の家の近く、上三栖という場所にはかつて“ひまわり寮(児童養護施設)”があり、そこにはヒンソンさんご夫婦という、まさにレジェンドのような方々が昔から活動されていました。
私自身のこどもたちも三栖の幼稚園に通わせていたのですが、そこには当然のように、「ひまわり寮のこども」も来ていました。特別な存在としてではなく、ごく当たり前に一緒に過ごす。社会的養護がどうこうという硬い話抜きに、「ひまわり寮から通っている子もいるんだな」という程度の、ごく自然な認識が地域全体にあったと思います。
ー登録に至ったきっかけは?
令和3年、コロナ禍の真っ只中でした。以前より夫婦ともに関わりがあった里親支援センターほっとの川口センター長から、「お前ら、里親研修を受けに来いら」と声をかけられました。
私はよほどのことでない限り、頼まれたことは断らない性格でして(笑)。「来いって言われたけど、行くか?」と妻に聞いたら、「行こか」と。そんなごく自然なノリでのスタートでした。
もちろん、里親の研修を受けてみて驚くことも多かったです。私は長く福祉の世界にいますが、福祉といっても障害・高齢・児童と分野が分かれていて、横のつながりが意外と少ない。“縦割り”の弊害というか知らないことばかりで、まさに目から鱗が落ちる思いでした。
立ちはだかる“制度の壁”から見つけ出した一つの道
ーご家族の反応はいかがでしたか?
私の母は仏教を信仰していて、その中の教えに、「他が為(たがため)に」、つまり社会貢献という考えがあるんです。母に里親のことを話すと、「それは人のためになるんか?」と聞かれ、「なるよ」と答えたら、「なら行け」と即決でしたね。
こどもたちも、上のお姉ちゃんは「ふーん」という感じで、下の子も、「そんなんあんねや」くらいの返事でした。彼らにとっても同級生に施設の子がいたので、抵抗は全くありませんでした。
ー登録後、すぐにこどもたちとの交流が始まったのですか?
研修が終われば、週末にはこどもがこの家に来るのかな、とどこかで思っていました。でも実際はそうではありませんでした。
「なんで?」と疑問に思って調べていくうちに、親権の問題などで里親家庭にこどもが行くことが難しいという制度の壁にぶつかったんです。
「これでは、いくら里親を増やしても制度が広がらないじゃないか」ともどかしさを感じていた時、ひまわり寮・里親支援専門相談員の玉置さんが一つの“道”を見つけてくれました。
本格的な“養育”や“週末里親”という枠組みにとらわれず、施設職員が引率する形でこどもたちを自宅へ連れてくる。いわば“校外学習”のような形での交流です。ここから、私たちの活動が本格的に動き出しました。
「誰かに大切にされた」という経験が将来を変える
ー現在はどのような活動をされているのでしょうか。
自宅で妻のアイディアの“いちご狩り”をしたり、みんなでお楽しみ会のようなゲームをしたりしています。手作りのゲームが意外と盛り上がるんですよ。制限時間内にカードをひっくり返し合うゲームや、積み木を高く積む競争など、単純ですけどみんな必死です。
そこに私の母、つまりこどもたちにとっての“おばあちゃん”も毎回参戦するんです。おばあちゃんとこどもがチームを組んで、「負けられん!」とこどもたちも肩を回して気合を入れたりして(笑)。
もちろん、料理も一緒に作ります。餃子やお好み焼き・唐揚げなど、一部は必ずこどもたちにやってもらうのがうちのルール。母もその輪に入って、こどもたちと一緒に包丁を握ります。こどもたちは、「できるできる!」と言って、結構大胆に包丁を使いたがる。危なくないように母や私たちが横について、「こうやって切るんやで」と教えながら進めます。

ーこどもたちとの関わりで、特に印象的だったことはありますか?
ある時、一緒に作った餃子を出したら、こどもが、「世界一おいしい」「幸せ」と言ってくれたことがありました。それを見た玉置さんはちょっと涙ぐんでいて、「なんて素敵な言葉を使うんかな…」と、その感性に心を打たれたようでした。
同時に玉置さんが驚いていたのは、その食べっぷりです。「寮に帰ったら、この子らこんなに食べないんですよ。なんでこんなに食べれるのかな」と。きっと、自分たちの手で作ったという達成感や、三世代で食卓を囲む温かな雰囲気がこどもたちの食欲を動かしたのでしょうね。
ー家庭での体験は、こどもたちにどのような影響を与えると感じますか?
施設では衛生管理上、こどもがキッチンに入ることはありません。だから、うちの台所で、「これ何?」と目を輝かせ、牛乳パックの開け方や缶切りの使い方に、「えーっ!」と驚く。そんな日常のプロセスに触れること自体が、彼らにとって大切な学びなんです。
ただ、それ以上に重要なのは、「年齢に応じた愛情」の積み重ねではないでしょうか。私は長年福祉の現場にいますが、人としての基軸は幼少期からの安心感にあると感じています。
例えば、3歳まではしっかり抱きしめて安心を育むこと。そして思春期に入り心が揺れ動く時期には、べったり寄り添うのではなく、少し離れたところから見守る。さらに必要な時に手を差し伸べる“伴走型”の関わりへと形を変えていく。
こうした、「誰かに大切にされた」という経験があるかないかで、将来その子が大人になった時に相手へ向ける温かみや気遣いが変わってくると思うんです。

足りないのは“飾らない日常”の経験
ー今後の活動について、どのように展望されていますか?
来年度からは、“放課後交流”を本格的に始める予定です。こどもたちが夕暮れ時にふらっと立ち寄り、また帰っていく。そんな日常が少しずつ生まれています。“おばあちゃん”ともすっかり打ち解け、となりで寝転んだり、「これやって」と甘えたりする姿も見られるようになりました。
ー最後に、里親に関心を持っている方へメッセージをお願いします。
「里親って素敵ね、やりたいわ」とおっしゃる方は多いですが、大切なのは家族の合意です。そしてもう一つ伝えたいのは、「特別なことをしようとしなくていい」、ということです。
施設ではクリスマスやバーベキューなど、年間行事(非日常)は充実しています。でも、圧倒的に足りないのは、“飾らない日常”の経験なんです。
牛乳パックの開け方、缶切りの使い方、お風呂の入り方……そんな何気ない生活全般を見せてあげてほしい。うちと同じである必要はありません。「こういう家もあるんだな」という多様な家庭の姿を見せることが、こどもたちの将来の選択肢を広げることに繋がります。飾らない日常を共有してくれる家庭が、“この紀南地域に、そして全国に一軒でも増えていくこと”を願っています。






